ステンレス毛細管 内面 化学研磨前後の表面粗さ比較

Raだけでは測れない内面品質 ── Cr/Fe比と清浄度の観点から

内面処理のご相談をいただく際、最初のご質問はおおむね「Raはどこまで下げられますか」に集約されます。適切な確認事項ではありますが、内面品質をこの一点で判断すると見落とされる要素があります。本稿では、表面粗さ(Ra)という指標の位置づけと、流量計・センサー・半導体流路といった用途において部品性能を実際に左右する要素について、整理します。

Ra値は、機械研磨でも一定水準まで到達する

はじめに、前提として確認しておきたい事実があります。表面粗さを下げることのみであれば、化学研磨に限らず実現可能です。磁性砥粒を用いる磁気研磨(MP)では、極細内径においてもRa 0.1µm前後まで到達する場合があります。すなわち「Raが低い」こと自体は、化学研磨に固有の特長とはいえません。

この点は、内面処理を検討される際に留意すべき事項と考えられます。Ra値のみを比較して加工方式を選定した場合、機械研磨と化学研磨の本質的な差異が評価に反映されないためです。両者の違いは、Ra値には現れない領域にあります。

図1 機械加工面には、Ra値には現れない加工変質層・残留応力・埋め込み粒子が存在する。

Raが評価しているのは、表面の「形状」である

Raは、表面の凹凸を高さ方向で平均化し数値化した指標です。したがって表面の「形状」を評価するものであり、表面の「化学的状態」については情報を持ちません。両者の対応関係を整理すると、次のとおりです。

Raが示す情報Raが示さない情報
表面凹凸の平均的な高さ表面のCr/Fe比(耐食性に関わる指標)
目視・触感における平滑性加工変質層・残留応力の有無
流体の物理的抵抗の目安粒子・油分などの埋め込み汚染

機械研磨は、工具または砥粒によって表面を物理的に除去する加工です。形状としての凹凸は低減できますが、除去加工そのものが表面に新たな状態変化をもたらします。具体的には、加工に伴う硬化層(加工変質層)の生成、内部に残る残留応力、そして砥粒や油分が微小な凹部へ入り込む埋め込み汚染です。これらはいずれも、Raの測定値には反映されません。

部品寿命を左右するのは、表面の化学的状態である

流量計・センサー・半導体流路などの用途において、部品の寿命および信頼性を左右するのは、多くの場合Raの絶対値ではありません。表面の化学的状態、具体的には以下の三点が関与すると考えられます。

1. Cr/Fe比 ── 不動態皮膜の質を示す指標

ステンレス鋼の耐食性は、表面に形成される不動態皮膜(酸化被膜)によって保たれています。この皮膜において酸化クロムの比率が高く、酸化鉄の比率が低いほど、皮膜は緻密かつ安定し、耐食性が向上します。これを数値化した指標がCr/Fe比、およびCrOx/FeOx比です。

半導体分野では、SEMI規格(F19)がこの表面状態に対する判定基準を定めています。同規格では、高純度(HP)および超高純度(UHP)グレードについて、総Cr/Fe比、CrOx/FeOx比、酸化皮膜厚さの三項目の分析が求められます。このうちUHPグレードの判定基準は、Cr/Fe比 1.5超、CrOx/FeOx比 2.0超とされています。

ここで留意すべきは、機械研磨は表面形状を変化させるものの、表面の化学組成そのものは変化させないという点です。除去の前後で、Cr/Fe比は基本的に変わりません。一方、化学研磨は薬液による溶解反応を利用するため、表面の化学組成に直接作用し、Cr/Fe比を高めることが可能です。これは機械的な研磨方式では原理的に得られない作用と考えられます。

第三者分析による実測値

当社の化学研磨プロセスについて、米国 RJ Lee Group による第三者分析を実施しました。結果は以下のとおりです。

判定項目未処理化学研磨後UHPグレード判定基準
Cr/Fe比(XPS)0.51.61.5 超
CrOx/FeOx比(XPS)0.62.32.0 超
酸化皮膜厚さ(AES)85 Å22.5 Å

未処理面では、Cr/Fe比・CrOx/FeOx比のいずれも1.0を下回っており、HPグレードの水準にも達していません。化学研磨後は、両項目ともUHPグレードの判定基準を満たす値となりました。

数値だけでなく、皮膜の「構造」を確認する

不動態皮膜は深さ方向に組成の分布を持つため、比率という単一の数値のみでは、クロムが皮膜のどの位置に濃化しているかまでは判断できません。AES(オージェ電子分光)による深さ方向分析では、この点に差が現れます。

項目未処理化学研磨後
Cr/Fe比の最大値1.22.2
最大値の出現深さ表面から 29.3 Å表面から 5.7 Å
表面炭素汚染層の厚さ24 Å12.5 Å
酸化皮膜厚さ(炭素層補正後)61 Å10 Å
分析機関の所見剥離した Fe-O 層を確認

未処理材の表面にも、酸化皮膜そのものは存在します。ただしそれは鉄酸化物を主体とする厚い層であり、分析機関からは「剥離した Fe-O 層」が確認されたとの所見が付されています。クロムの濃化位置は表面から29.3Åと深く、流体が実際に接触する最表層は鉄リッチな状態にあります。厚みはあっても保護皮膜として機能しにくく、むしろ剥離によるパーティクル発生の要因となりうる構造です。

化学研磨後は、この鉄酸化物主体の層が溶解除去され、クロム濃化のピークが表面から5.7Åの位置へ移動しています。すなわち、流体・ガスが直接接触する最表層そのものが、クロム酸化物を主体とする構成へ置き換わっています。あわせて、表面の炭素汚染層も24Åから12.5Åへ減少しました。

なお電解研磨処理面については、酸化皮膜厚さ20Å以上、クロム濃化深さ15Å以上が一般的な水準の目安とされています。本測定における22.5Åは、この水準を満たすものです。分析機関からも、酸化皮膜厚さおよびCr/Fe比のいずれについて、一般的な電解研磨処理ステンレス鋼に見られる範囲と同等であるとの評価が示されています。

電解研磨と同等の表面を、電解研磨が届かない内面に

この評価は、当社が化学研磨を採用する理由と直接に関係します。後述のとおり、電解研磨は極細内径や蛇腹状の複雑内面には物理的に適用が困難です。電解研磨と同等の表面化学状態を、電解研磨では到達できない形状の内面に対して得ること ── これが当社の技術的な位置づけです。

※ 米国 RJ Lee Group による測定。試験片(米国製 SUS316L 材)は当社が提供し、化学研磨処理は協力企業との共同により実施しました。分析は SEMATECH 91060573B(AES)および SEMATECH 90120403B(XPS)に準拠します。

※ 本データは当社の化学研磨プロセスによる測定実績ですが、別製品・別材料における参考値です。到達値は母材品質および処理条件にも依存します。

2. 残留応力・加工変質層 ── 腐食の起点となりうる要因

機械的に除去された表面には、微視的な歪み(残留応力)と、結晶構造が変化した硬化層が生じます。この状態の表面は均一な不動態皮膜を形成しにくく、局所腐食(孔食等)の起点となりやすいと考えられています。化学研磨は溶解による除去であるため、こうした加工変質層自体を取り除き、母材本来の均一な結晶構造を露出させます。

3. 埋め込み汚染 ── 洗浄のみでは除去が困難な要因

機械研磨や引抜き加工の工程では、砥粒や油分が表面の微小な凹部に押し込まれる場合があります。これらは表面洗浄のみでは完全に除去しきれず、流体接触時に脱落してパーティクル源となる、あるいは分析用途において試料の吸着・キャリーオーバーの原因となることがあります。化学研磨は表面そのものを溶解するため、こうした埋め込み汚染を根本から除去することが可能です。

前掲の分析においても、表面の炭素汚染層が24Åから12.5Åへ減少していることが確認されています。SEMI規格では、HP・UHPグレードについて最表層における炭素・硫黄・リン・窒素・ケイ素の存在量にも制限が設けられており、表面清浄度は耐食性と並ぶ評価項目として位置づけられています。

流量計・センサーの検出精度に疑義が生じた場合、その原因が計測器本体ではなく、接続配管の内面における腐食や汚染に起因していることは少なくありません。強酸・純水・高純度ガスを扱う半導体設備では、内面の化学的状態が検出データの信頼性に直結すると考えられます。

電解研磨(EP)でも対応が難しい領域について

化学的な表面処理という観点では、電解研磨(EP)も選択肢となります。電解研磨は電気化学反応を利用して表面を溶解する方式であり、Cr/Fe比の改善効果も期待できます。ただし電解研磨には、加工対象へ電極を接触させる必要があるという物理的制約があります。

φ0.2mmのような極細内径では、内部への電極挿入自体が困難です。波紋管(ベローズ)のような蛇腹状の複雑な内面では、電極を均一に接触させることはさらに難しくなります。すなわち電解研磨は、化学的処理の可否以前に、対象内面へ到達できるかという段階で制約を受けます。

化学研磨(CP)は、薬液を対象へ接触させることで反応が進行するため、電極を必要としません。極細内径や複雑形状の内部にも薬液を作用させることができ、機械研磨・電解研磨のいずれも対応が難しい領域に対応できる場合があります。

Cr/Fe比の測定と、母材依存性について

Cr/Fe比・CrOx/FeOx比の測定は、Raのように簡易に実施できるものではありません。XPS(X線光電子分光)やAES(オージェ電子分光)による精密な表面分析を要し、こうした分析を高い精度で実施できる機関は世界的にも限られています。SEMI規格においても、XPSによる評価が優先的な手法として位置づけられています。当社では、SEMI規格に準拠した米国 RJ Lee Group 等の第三者機関による測定データを基準としています。

あわせて申し添えるべき点として、Cr/Fe比の到達値は、化学研磨プロセスのみならず母材品質にも大きく依存します。同一の処理を施した場合でも、母材によって結果は異なります。半導体グレードの高純度材と一般的な材料とでは、到達しうるCr/Fe比に差が生じます。したがって、化学研磨を施せば一律に特定の数値へ到達するというものではありません。

この前提を明示せずに特定のCr/Fe比のみを提示することは、技術情報として適切ではないと当社は考えています。数値は、その測定条件(母材・プロセス・測定機関)とあわせて評価されるべきものです。

内面処理の検討時に確認すべき事項

以上を踏まえると、内面処理の検討にあたり確認すべき事項は、Ra値以外にも及びます。

  • 当該用途で要求されるのはRaの絶対値か、あるいは耐食性・清浄度か
  • Cr/Fe比・CrOx/FeOx比・酸化皮膜厚さに関するデータの有無、およびその測定機関
  • クロム濃化が皮膜のどの深さに位置しているか(比率の数値のみでは判断できない)
  • 当該データが、実際に発注する製品・母材と同一条件で測定されたものか
  • 加工方式が、対象の形状・寸法に物理的に対応可能か(電極挿入の可否、薬液到達の可否)

Raは、現在も有効な指標です。しかし、それのみで内面品質の全体を判断することはできません。とりわけ流量計・センサー・半導体流路のように、腐食や汚染が直接的な性能低下につながる用途においては、表面の化学的状態まで含めた評価が望まれます。


当社の化学研磨について

当社では、φ0.2mmの極細内径や波紋管(ベローズ)など、機械研磨・電解研磨では対応が難しい内面を、独自開発の専用装置による化学研磨で処理しています。表面の平滑化に加え、Cr/Fe比の向上・清浄化を通じて、耐食性の向上を図ります。加工可否のご相談、サンプルのご依頼を承っております。